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2008'09.21 (Sun)

宮古島キャンセル

友人からの連絡により、
明日からの宮古島はキャンセルすることになりました。

季節の変わり目、
皆様お身体にはくれぐれもお気をつけください。
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2008'09.20 (Sat)

初コメントいただきました♪

ブログに掲載するのにYouTubeにアップした旅の思い出スライドショー。

2008年の5月末に訪れた宮古島のものに、コメントいただきました(^^)。
きゃあ〜、うれしーい☆☆☆

ということで、アンコール掲載です (笑)

BGMは、宮古島オリジナルの三線CDからセレクトしました。

花の名前がタイトルについた曲なんですけど、
梅雨時期の薄曇りと空と海の色、
あのとき、あの場所で、
私が感じた宮古島の空気感にピッタリの曲だったんです。

この声と三線の音色、
うー、宮古が染みる〜〜

・・・・・・・・・・・・・
Beautiful! Brings back memories of when I lived there in 1987 -89 (before the Ikema bridge was built). Thanks for posting. Love the shamisen music...
・・・・・・・・・・・・・
コメントしてくださった方、ありがとうございます。
いや、ほんと、めちゃ嬉しいです♪



月曜日から宮古島に行ってきます。

いい映像撮れたら、第2弾も作成します。

お楽しみに〜。(^^)


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2008'07.02 (Wed)

沖縄本島の光りと空

沖縄出発の2日前に、突如“行こう!”と思い立った斎場御嶽(Sefa-utaki)。
久高島を訪れる前に、
「こちらにもご挨拶しておかなくては…」と感じたのだ。

那覇ターミナルからバスに乗って約60分。
斎場御嶽の入口に到着。
しばらく歩くと、駐車場と案内所が見えてきた。

7〜8年程前、友人から誘われたことがある。
でも、そのときは行かなかった。
なぜ?と訊かれても、答えられない。

誘ってきたのは、インド旅行をともにした友人だった。
それなのに…?
自分でも、よくわからなかった。

現在、世界遺産として登録されている斎場御嶽。
入場料を支払い、案内所を通って中へと向かう。

御嶽とは、南西諸島に広く分布している「聖地」の総称で、
斎場御嶽(Sefa-utaki)は琉球王国最高の聖地。
御嶽の中には6つの聖域があり、中でも大庫里・寄満・三庫里は、
首里城内にある部屋と同じ名前を持っている。

琉球王国時代、国家的な祭事には「神の島」といわれる久高島から
聖なる白砂を運び入れて行われた。

歩いていると、頭上に何かを感じる。
シャッターをきる。
太陽の光りが、幾何学模様となって降りていた。

斎場御嶽から久高島へ渡り、自転車で島を一周。
島の地図を観たとき、「行きたい」と感じたシマーシという浜。
アグル嶽という御嶽があると書いてあった。

アグルって?

行ってみたら、その謎が解明。(^^)

ここは入ってもいい場所なのかどうか、考えあぐねていたら
私の脇を通りすぎるオジサンが…。
すかさず呼び止めて、さっそくその御嶽の話を伺ってみた。

事情があって本島から島に帰れない人が、斎場御嶽のあの拝所から
久高島に向かってお祈りをする。
アグル御嶽は、その思いを受けとめる御嶽でもあるとか。

さらに北端へ向かう。
琉球の祖神アマミキヨが降り立ったという伝説が残るカベール岬に着いた。
この岬は、竜宮神が鎮まる場所でもあるという。

空が、凄かった…。

海の美しさはあえていうまでもない。
岬に立つと、風が右側から吹いてきて私の身体をぐるりと巡り、
海上では、波が島を包むように弧を描いていた。

風と波に合わせて、3回転。(^∩^)うふっ

久高島のエネルギーは、なんともいえない穏やかさを持っている。
田舎だからのんびり、といった類いのものでは決してない。
島全体が、すっぽりと静穏さに包まれてしまっている感じ…。

異次元…?

前述した通りすがりのオジサンに
「素敵な島ですね」といったら、
「アンタに言われたくないわっ」と返ってきた。笑

わざわざ言葉にする必要のない、特別な島である。(^^)

☆前半は斎場御嶽/4:10頃から久高島 ↓







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2008'07.02 (Wed)

24年ぶりの沖縄本島

6/26〜29まで、沖縄本島に行ってきました。

24年ぶりの沖縄本島。
当時は、コザにセンターストリートという繁華街があった。
通りを歩く人は外国人ばかり。
その一画はまさしく米国だった。

あれから、既に四半世紀。
モノレールもできたし、すっかり様変わりしているに違いない…

飛行機の中で、先日ジュゴンのイラスト・写真展で講演してくださった
目崎茂和先生の「沖縄 修学旅行」を拝読させていただいた。

この本は、タイトルにもある通り“修学旅行”として訪れる学生向けに書かれた本で、
沖縄の歴史をわかりやすい言葉で、現段階で確認できる真実がまっすぐに伝えられている。

戦争時、日本で唯一本土決戦となった沖縄本島。
日本の思惑、沖縄の島民はそのとき何を伝えられていたのか…。
十代の少年、ひめゆり学徒をはじめとする女学生、若き母親と乳児、
年配者にいたる多くの島民が犠牲となり、
愛する者同士が殺し合うという悲しいまでの最期をとげた。

24年前、高校生だった私たちは、ひめゆりの塔ゆかりの地を訪れ、
船に乗って慶良間諸島にも行った。
ページをめくるたび、そのときのことが頭をよぎり、涙があふれてきた。

ガマと呼ばれる島民たちが避難していた洞窟。
真っ暗な洞窟の、その入口に、私は数秒も立っていられなかった。

10代の私が感じたもの、それは女学生たちの悲痛な思いだったに違いない…。

沖縄に起こった惨事に、目をそむけてはいけない。
そして、現在も基地のある沖縄にとって、戦争はまだ終わっていない。
改めてそう思った。

那覇空港に着くと、ムンとした空気と眩しい太陽が迎えてくれた。

明日、斎場御獄と久高島に向かう。

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2008'06.05 (Thu)

宮古島の色と熱

5/29〜6/1、宮古島に行ってきました♪

梅雨時期だということで「雨が心配だね」なんていわれていたのですが、
そんな不安もなんのその。

レンタカーで島をドライブしたり、伊良部島でスローダイビングして
魚の顔を真正面から見てジーッとみつめあったり…(サカナくん似のお魚でした…)

市街の小料理屋で砂糖工場の社長さんをはじめ島民の方々とお話して、
社長さんには「名古屋にいる息子に会いに行ってやってくれ」といわれたり…(笑。

ぐるり360度、珊瑚礁に囲まれた島、宮古島

「防波堤などないこの島を守っているのは、珊瑚礁。
だから私たちは珊瑚礁を守っていかなくちゃ…」

スローダイビング終了後、ホテルへと向かう車の中で
本土からお嫁入りして20数年という女性がそうつぶやきました。

珊瑚礁に守られた島。
だから、宮古島はどのビーチも美しいエメラルドグリーンなんですねっ
宮古島の海の美しさは噂では聞いていましたが、これほどまでとは…。

あまりの美しさに、言葉なんて、ありませんね。
ただただ黙ってみとれてしまう…。

そして、地熱。
歩くたび、足下から熱を感じていました。

グレートバリアリーフやモルジブにも出掛けましたが、
こんな場所って、初めてかもしれない…。

心に沁み入る色。
石が放出する地球のエネルギー。

撮影した写真をスライドショーにしてみました。
梅雨時期なのに、これほどの美しさ。

宮古島は四六時中、まったり、ゆったり。癒されます。




タグ : 宮古島

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2007'11.12 (Mon)

スカイダイビング

パパブッシュが83歳の誕生日にスカイダイビングに挑戦してましたね。
80歳でも飛んで、今回でなんと6度目だとか。

そんなニュースを見て、思い出しました。
2年前の夏、私だって飛んじゃったもーんだっ(^^)。

ということで、旅の思い出シリーズです。
(どうせネタがなくなったからでしょ、とかいわないで〜(笑)
 
2005年の7月上旬、オーストラリア・ケアンズにて初体験しちゃいました。
日本出発の2日前に「あ、スカイダイビングやっちゃお」って、
ひらめいちゃったんですよね〜(^^)。

7月のケアンズはもはや晩秋。肌寒いです。
ダイビング当日は晴れ、朝食を摂りながらも落ち着かなくって…。
既にフワフワした感じでした。

ありゃりゃ?

ダイビングの会社( ?)に着いたら、待たされ、さらにもめてる様子。
どうやら、私の予約が入っていないとか。
う〜と思いながらも、英語がサッパリなので主張もできず…。
なんとか予約したエージェンシーに電話をしてもらい、
確認できたときには、他のメンバーは既にスタンバイOKでした。

一足遅れで、ダイビング専用のパンツを履かされ、身体にベルトを装着。
その後、ダイビングの時の注意事項を簡単に教えてもらって出発したんです。

うひゃ〜

「セスナからジャンプするときは、身体の前で腕をクロスさせ、
一緒に飛んでくれる男性(パートナー)が肩をトントンとたたいたら腕を広げる…」

これしか教えてもらっていない…

不安がチラリとよぎりながらも、英語でヤイヤイと急かされて車に乗り込み、
あっという間に飛行場に着いて…

離陸


セスナに乗り込んだと思ったら、いきなり離陸。
この日ダイビングするのは、白人カップルと黒人の留学生の女性、そして私の4人。
決死のダイビング、栄えあるトップバッターはカップルの男性。
2番目に黒人女性、そして私、最後に白人の女性の順番です。

上空からのケアン ズ


あれよあれよと、セスナはどんどん上昇して行きます。
セスナって、もっとブルブル揺れるのかと思ってましたが、
意外と静かで揺れないんですね。

かなり上空へ


太陽が近〜い。雲がきれ〜い。

私たちが目指すのは、14000フィート。
ざっと、4000メートル以上はありますよね。
富士山よりも高いところから、ダイブです。

ドキドキ☆

いよいよ ダイビング


立ち上がり、準備態勢。
いよいよ本番。

前の人がジャンプ


私の前の黒人留学生がダイプ!

いよいよ、私。
ドキドキするけど、不思議と怖くない。
落ち着いている自分にビックリです☆

パートナーのデビットのかけ声で、
ジャーンプ☆

ダイビング中


とにかく、すっごく気持ちいい〜。
下からの風圧は凄くて、ほっぺたプルプル。顔が痛いです。
でも、落ちてる感覚は全くない。
まさに、飛んでる感覚。
どこまでも自由。

青と白のコントラストが美しくて、
太陽の光を眩しくて…。

セスナから飛び立って着地まで、3分ちょっとのダイビングでした。

長くも短くも感じた、夢見心地な3分間。

また、飛びたいな〜

次はハワイで     

どなたかツゥギャザーしませんか?    (^∩^)うふっ


タグ : スカイダイビング

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2007'10.19 (Fri)

エジプト おまけ

2度のエジプト旅行を経験していますが、
今年1月、5年ぶりに同じ場所を訪れたとき、
貴重な歴史的資産が朽ちていくのを眼の当たりにしました。

そういえば5年前、スフィンクスや神殿など、敷地内にクレーンやトラックが入り、
修復作業中の場所があちらこちらにありました。

5年の月日が経ち、修復できているかというと…んー…
神殿などは、なかなか修復しきれないんでしょうね。
廃墟度は明らかに進んでいました。

スフィンクスは、少しだけきれいになっていましたよ(^^)。

2002年のスフィンクスです。

スフィンクス2002



こちらは2007年のスフィンクス
美容院に行って、「髪、揃えてきました」って感じですよね(^^)。

スフィンクス2007 1


スフィンクス2007 2


ヒップとか足とか、修復されてシェイプアップされてるのがわかりますよね。

スフィンクス2007 3


ピラミッドよりも先に作られていたスフィンクス
初めて見たのは確かTVでだったと思いますが、その時はちょっと怖い印象でした。
エジプトの地で実際に見たとき、怖いと恐れていたスフィンクス
意外と小さいことにビックリ。
こんなに小さい身体で、ピラミッド3体をリードしている…
その頼もしさに、恐れよりも愛らしさを感じてファンになりました♪

これほどの世界遺産ですし、選ばれた職人しか修復できないとか。

デジタル化が進んで、当時の形や色などを再現することができるようになりましたけど、
紀元前何千年も前から培われたエジプト独特の空気感は、
実際に行ってみなければ感じられないじゃないかしら(^^)。

ご興味があれば、ぜひ行ってみてくださいね。

タグ : スフィンクス

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2007'10.18 (Thu)

エジプト  PART3

エジプトのシンボルといえば、言わずと知れたビラミッド。
太陽に先端を向けて佇む正四角錐は、
太陽の光を集める精巧な形として知られています。

古代エジプトでは、太陽のことを「ラー」と呼んでいました。
エジプト神話に出てくる太陽神「ラー」への信仰は、
ピラミッド建造が頂点に達した第4王朝にピークを迎えたといいます。

朝になると東から昇り、 夕方には西の空へと沈んでいく太陽。
古代エジプト人にとって、太陽神「ラー」はまさに太陽そのものであり、
死と再生を繰り返す不死の存在であったとか。

私たちが訪れた1月は、エジプトでも冬の季節。
冬といっても、日本の冬の太陽とは赴きが違っていました。

穏やかな日差しの中で、時折ギラッと主張するエジプトの太陽。
古代エジプト人たちも、この光と輝きを見て感じていたのかと思うと、
人知れず胸が熱くなったりして…(*^^*)。

そして、エジプト旅行の最終日。
空港へ向かう前に、「最後にもう一度ピラミッドに行きたい ! 」
そう思いました。

携帯のカメラで撮った最後のピラミッドです。

ピラミッド


この大きな光は、なに?

太陽が反射してるのかな?

私のお気に入りのピラミッドです♪


タグ : ピラミッド

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2007'10.16 (Tue)

エジプト PART2

エジプト旅行の続きです。

紅海沿いのリゾート地・マーサアラムのビーチを散策していて
ふと空を見上げたら、たちがアートしてました(^^)。

次々と様変わりしていく模様。
言葉を失ってしまうくらい、不思議で素敵な光景でした。


最初は、がスーッと伸びて…

マーラアラム雲1


鳥のようなや…

マーサラム雲2


龍のようなが現れ…

マーサアラム雲3 龍


青い空をクジラが泳いで…

マーサアラム雲4


そして重なって…

マーサアラム雲5


時間にすると、どのくらいだったのでしよう…

マーサアラムの青い空をバックにしたの一大アートショー。

今、写真を整理しながら思い返しても、うっとりしてしまいます♪

エジプトの旅は、何もかもスケールが大きくて、
終始夢見心地の旅でした。


タグ : 紅海 マーサアラム

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2007'10.15 (Mon)

エジプト

年初めから調子が悪かったアナログカメラ。
誉めたり、すかしたり…。だましだまし使っていたんです。
でももう、電源が入らなくなっちゃいました…
「そろそろデジタルにしなさい ! 」 っていうメッセージなのかな〜。


さてさて本題。
しばらく前になりますが、
2007年1月8日〜21日まで、エジプトに行ってきました。
2度目のエジプトです(^^)。

実はこのときも、途中でカメラが調子悪くなってしまって。
これらの写真は同行した方からお裾分けしていただいたデジものです。
素敵に撮れているので公開しちゃいますね(^^)。

エジプトでは、もちろんピラミッドの中にも潜入。
当然ながら、一番大きいクフ王のピラミッドに入りました。もうドキドキ〜☆

ピラミッドとラクダ


ピラミッドのライトアップが眺められるホテルで3〜4連泊するなど、
ゴージャス・トラベラーだった私たち。

イルミビラミッド


心からピラミッドを満喫した後、巨像4体が並ぶアブシンベル神殿へ。

アブシンベル神殿


古代エジプトの都・ルクソールも巡り、
紅海沿いのリゾート地・マーサアラムにも訪れました。
このリゾート地って、日本人はあまり行ったことないんじゃないかしら。

マーサアラムビーチ


マーサアラムの朝

マーサアラムの朝


海の透明度は、こんな感じ〜(^^)。

マーサアラムの透明度


なんと、イルカにも遭遇☆
3頭のイルカが、桟橋ギリギリまで来てくれたんですよ〜。
私たちに会いに来てくれた、私たちのために姿を見せてくれたといってもいいくらい、
間近まで来てくれたんです。

桟橋2


私たちはイルカが近くにいることに気づかず、
「ファラオ立ち〜」なんて言いながらポーズをとって大撮影会。
ふと海を見ると、チャポーンと弾む姿が…。

きゃあぁぁぁぁぁぁ〜  

気づいたときには、もうイルカたちは桟橋の左側へ。
どうやら、右から左へゆっくりと泳いでくれていたみたいです。

イルカたちは気づいたのがわかると、
私たちをチラッと見て、水中へと消えていきました…

イルカが来てくれた海


うわ〜、感激☆☆
野生のイルカが、こんなに近くに来てくれたなんてーーーっ☆☆☆
イルカたち、来てくれてありがとう♪

右から左へ受け流さなくて、よかった〜(笑。




タグ : エジプト 紅海 マーサアラム イルカ

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2007'09.15 (Sat)

それでもなお、人を愛しなさい。

小学生の頃から、私の尊敬する人は、マザー・テレサでした。
大人になり、念願のインド旅行に旅立つほんの数週間前に亡くなられ、
当時の私は本当に残念でたまりませんでした。

1997年9月5日(日本時間では6日)のことです。

カルカッタの「孤児の家」の壁にかけられていた素敵なメッセージ。

筆者であるケント・M・キースは
このメッセージを書いた当時は大学生でした。
高校生向けに書いた小冊子が口づけで、写しで、ゆっくりと広まり、
カルカッタに住むマザーのもとにも届けられたようです。

20070930014231.jpg


そして、マザー・テレサのもとから、
世界中へと大きく広がっていきました。

本の訳とは違いますが、
胸に迫る素敵な訳文をみつけたので、ご紹介します♪
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人は不合理、非論理、利己的です
気にすることなく、人を愛しなさい

あなたが善を行うと、
利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう
気にすることなく、善を行いなさい

目的を達しようとするとき、
邪魔立てする人に出会うでしょう
気にすることなく、やり遂げなさい

善い行いをしても、
おそらく次の日には忘れられるでしょう
気にすることなく、し続けなさい

あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう
気にすることなく、正直で誠実であり続けなさい

あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう
気にすることなく、作り続けなさい

助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう
気にすることなく、助け続けなさい

あなたの中の最良のものを、この世界に与えなさい
たとえそれが十分でなくても
気にすることなく、最良のものをこの世界に与え続けなさい

最後に振り返ると、あなたにもわかるはず、
結局は、全てあなたと内なる神との間のことなのです。
あなたと他の人の間のことであったことは一度もなかったのです。

〜ケント・M・キース


タグ : マザー・テレサ 孤児の家

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