2008'07.02 (Wed)
沖縄本島の光りと空
沖縄出発の2日前に、突如“行こう!”と思い立った斎場御嶽(Sefa-utaki)。
久高島を訪れる前に、
「こちらにもご挨拶しておかなくては…」と感じたのだ。
那覇ターミナルからバスに乗って約60分。
斎場御嶽の入口に到着。
しばらく歩くと、駐車場と案内所が見えてきた。
7〜8年程前、友人から誘われたことがある。
でも、そのときは行かなかった。
なぜ?と訊かれても、答えられない。
誘ってきたのは、インド旅行をともにした友人だった。
それなのに…?
自分でも、よくわからなかった。
現在、世界遺産として登録されている斎場御嶽。
入場料を支払い、案内所を通って中へと向かう。
御嶽とは、南西諸島に広く分布している「聖地」の総称で、
斎場御嶽(Sefa-utaki)は琉球王国最高の聖地。
御嶽の中には6つの聖域があり、中でも大庫里・寄満・三庫里は、
首里城内にある部屋と同じ名前を持っている。
琉球王国時代、国家的な祭事には「神の島」といわれる久高島から
聖なる白砂を運び入れて行われた。
歩いていると、頭上に何かを感じる。
シャッターをきる。
太陽の光りが、幾何学模様となって降りていた。
斎場御嶽から久高島へ渡り、自転車で島を一周。
島の地図を観たとき、「行きたい」と感じたシマーシという浜。
アグル嶽という御嶽があると書いてあった。
アグルって?
行ってみたら、その謎が解明。(^^)
ここは入ってもいい場所なのかどうか、考えあぐねていたら
私の脇を通りすぎるオジサンが…。
すかさず呼び止めて、さっそくその御嶽の話を伺ってみた。
事情があって本島から島に帰れない人が、斎場御嶽のあの拝所から
久高島に向かってお祈りをする。
アグル御嶽は、その思いを受けとめる御嶽でもあるとか。
さらに北端へ向かう。
琉球の祖神アマミキヨが降り立ったという伝説が残るカベール岬に着いた。
この岬は、竜宮神が鎮まる場所でもあるという。
空が、凄かった…。
海の美しさはあえていうまでもない。
岬に立つと、風が右側から吹いてきて私の身体をぐるりと巡り、
海上では、波が島を包むように弧を描いていた。
風と波に合わせて、3回転。(^∩^)うふっ
久高島のエネルギーは、なんともいえない穏やかさを持っている。
田舎だからのんびり、といった類いのものでは決してない。
島全体が、すっぽりと静穏さに包まれてしまっている感じ…。
異次元…?
前述した通りすがりのオジサンに
「素敵な島ですね」といったら、
「アンタに言われたくないわっ」と返ってきた。笑
わざわざ言葉にする必要のない、特別な島である。(^^)
☆前半は斎場御嶽/4:10頃から久高島 ↓
久高島を訪れる前に、
「こちらにもご挨拶しておかなくては…」と感じたのだ。
那覇ターミナルからバスに乗って約60分。
斎場御嶽の入口に到着。
しばらく歩くと、駐車場と案内所が見えてきた。
7〜8年程前、友人から誘われたことがある。
でも、そのときは行かなかった。
なぜ?と訊かれても、答えられない。
誘ってきたのは、インド旅行をともにした友人だった。
それなのに…?
自分でも、よくわからなかった。
現在、世界遺産として登録されている斎場御嶽。
入場料を支払い、案内所を通って中へと向かう。
御嶽とは、南西諸島に広く分布している「聖地」の総称で、
斎場御嶽(Sefa-utaki)は琉球王国最高の聖地。
御嶽の中には6つの聖域があり、中でも大庫里・寄満・三庫里は、
首里城内にある部屋と同じ名前を持っている。
琉球王国時代、国家的な祭事には「神の島」といわれる久高島から
聖なる白砂を運び入れて行われた。
歩いていると、頭上に何かを感じる。
シャッターをきる。
太陽の光りが、幾何学模様となって降りていた。
斎場御嶽から久高島へ渡り、自転車で島を一周。
島の地図を観たとき、「行きたい」と感じたシマーシという浜。
アグル嶽という御嶽があると書いてあった。
アグルって?
行ってみたら、その謎が解明。(^^)
ここは入ってもいい場所なのかどうか、考えあぐねていたら
私の脇を通りすぎるオジサンが…。
すかさず呼び止めて、さっそくその御嶽の話を伺ってみた。
事情があって本島から島に帰れない人が、斎場御嶽のあの拝所から
久高島に向かってお祈りをする。
アグル御嶽は、その思いを受けとめる御嶽でもあるとか。
さらに北端へ向かう。
琉球の祖神アマミキヨが降り立ったという伝説が残るカベール岬に着いた。
この岬は、竜宮神が鎮まる場所でもあるという。
空が、凄かった…。
海の美しさはあえていうまでもない。
岬に立つと、風が右側から吹いてきて私の身体をぐるりと巡り、
海上では、波が島を包むように弧を描いていた。
風と波に合わせて、3回転。(^∩^)うふっ
久高島のエネルギーは、なんともいえない穏やかさを持っている。
田舎だからのんびり、といった類いのものでは決してない。
島全体が、すっぽりと静穏さに包まれてしまっている感じ…。
異次元…?
前述した通りすがりのオジサンに
「素敵な島ですね」といったら、
「アンタに言われたくないわっ」と返ってきた。笑
わざわざ言葉にする必要のない、特別な島である。(^^)
☆前半は斎場御嶽/4:10頃から久高島 ↓
2008'07.02 (Wed)
24年ぶりの沖縄本島
6/26〜29まで、沖縄本島に行ってきました。
24年ぶりの沖縄本島。
当時は、コザにセンターストリートという繁華街があった。
通りを歩く人は外国人ばかり。
その一画はまさしく米国だった。
あれから、既に四半世紀。
モノレールもできたし、すっかり様変わりしているに違いない…
飛行機の中で、先日ジュゴンのイラスト・写真展で講演してくださった
目崎茂和先生の「沖縄 修学旅行」を拝読させていただいた。
この本は、タイトルにもある通り“修学旅行”として訪れる学生向けに書かれた本で、
沖縄の歴史をわかりやすい言葉で、現段階で確認できる真実がまっすぐに伝えられている。
戦争時、日本で唯一本土決戦となった沖縄本島。
日本の思惑、沖縄の島民はそのとき何を伝えられていたのか…。
十代の少年、ひめゆり学徒をはじめとする女学生、若き母親と乳児、
年配者にいたる多くの島民が犠牲となり、
愛する者同士が殺し合うという悲しいまでの最期をとげた。
24年前、高校生だった私たちは、ひめゆりの塔ゆかりの地を訪れ、
船に乗って慶良間諸島にも行った。
ページをめくるたび、そのときのことが頭をよぎり、涙があふれてきた。
ガマと呼ばれる島民たちが避難していた洞窟。
真っ暗な洞窟の、その入口に、私は数秒も立っていられなかった。
10代の私が感じたもの、それは女学生たちの悲痛な思いだったに違いない…。
沖縄に起こった惨事に、目をそむけてはいけない。
そして、現在も基地のある沖縄にとって、戦争はまだ終わっていない。
改めてそう思った。
那覇空港に着くと、ムンとした空気と眩しい太陽が迎えてくれた。
明日、斎場御獄と久高島に向かう。
24年ぶりの沖縄本島。
当時は、コザにセンターストリートという繁華街があった。
通りを歩く人は外国人ばかり。
その一画はまさしく米国だった。
あれから、既に四半世紀。
モノレールもできたし、すっかり様変わりしているに違いない…
飛行機の中で、先日ジュゴンのイラスト・写真展で講演してくださった
目崎茂和先生の「沖縄 修学旅行」を拝読させていただいた。
この本は、タイトルにもある通り“修学旅行”として訪れる学生向けに書かれた本で、
沖縄の歴史をわかりやすい言葉で、現段階で確認できる真実がまっすぐに伝えられている。
戦争時、日本で唯一本土決戦となった沖縄本島。
日本の思惑、沖縄の島民はそのとき何を伝えられていたのか…。
十代の少年、ひめゆり学徒をはじめとする女学生、若き母親と乳児、
年配者にいたる多くの島民が犠牲となり、
愛する者同士が殺し合うという悲しいまでの最期をとげた。
24年前、高校生だった私たちは、ひめゆりの塔ゆかりの地を訪れ、
船に乗って慶良間諸島にも行った。
ページをめくるたび、そのときのことが頭をよぎり、涙があふれてきた。
ガマと呼ばれる島民たちが避難していた洞窟。
真っ暗な洞窟の、その入口に、私は数秒も立っていられなかった。
10代の私が感じたもの、それは女学生たちの悲痛な思いだったに違いない…。
沖縄に起こった惨事に、目をそむけてはいけない。
そして、現在も基地のある沖縄にとって、戦争はまだ終わっていない。
改めてそう思った。
那覇空港に着くと、ムンとした空気と眩しい太陽が迎えてくれた。
明日、斎場御獄と久高島に向かう。
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