2008'07.02 (Wed)
24年ぶりの沖縄本島
6/26〜29まで、沖縄本島に行ってきました。
24年ぶりの沖縄本島。
当時は、コザにセンターストリートという繁華街があった。
通りを歩く人は外国人ばかり。
その一画はまさしく米国だった。
あれから、既に四半世紀。
モノレールもできたし、すっかり様変わりしているに違いない…
飛行機の中で、先日ジュゴンのイラスト・写真展で講演してくださった
目崎茂和先生の「沖縄 修学旅行」を拝読させていただいた。
この本は、タイトルにもある通り“修学旅行”として訪れる学生向けに書かれた本で、
沖縄の歴史をわかりやすい言葉で、現段階で確認できる真実がまっすぐに伝えられている。
戦争時、日本で唯一本土決戦となった沖縄本島。
日本の思惑、沖縄の島民はそのとき何を伝えられていたのか…。
十代の少年、ひめゆり学徒をはじめとする女学生、若き母親と乳児、
年配者にいたる多くの島民が犠牲となり、
愛する者同士が殺し合うという悲しいまでの最期をとげた。
24年前、高校生だった私たちは、ひめゆりの塔ゆかりの地を訪れ、
船に乗って慶良間諸島にも行った。
ページをめくるたび、そのときのことが頭をよぎり、涙があふれてきた。
ガマと呼ばれる島民たちが避難していた洞窟。
真っ暗な洞窟の、その入口に、私は数秒も立っていられなかった。
10代の私が感じたもの、それは女学生たちの悲痛な思いだったに違いない…。
沖縄に起こった惨事に、目をそむけてはいけない。
そして、現在も基地のある沖縄にとって、戦争はまだ終わっていない。
改めてそう思った。
那覇空港に着くと、ムンとした空気と眩しい太陽が迎えてくれた。
明日、斎場御獄と久高島に向かう。
24年ぶりの沖縄本島。
当時は、コザにセンターストリートという繁華街があった。
通りを歩く人は外国人ばかり。
その一画はまさしく米国だった。
あれから、既に四半世紀。
モノレールもできたし、すっかり様変わりしているに違いない…
飛行機の中で、先日ジュゴンのイラスト・写真展で講演してくださった
目崎茂和先生の「沖縄 修学旅行」を拝読させていただいた。
この本は、タイトルにもある通り“修学旅行”として訪れる学生向けに書かれた本で、
沖縄の歴史をわかりやすい言葉で、現段階で確認できる真実がまっすぐに伝えられている。
戦争時、日本で唯一本土決戦となった沖縄本島。
日本の思惑、沖縄の島民はそのとき何を伝えられていたのか…。
十代の少年、ひめゆり学徒をはじめとする女学生、若き母親と乳児、
年配者にいたる多くの島民が犠牲となり、
愛する者同士が殺し合うという悲しいまでの最期をとげた。
24年前、高校生だった私たちは、ひめゆりの塔ゆかりの地を訪れ、
船に乗って慶良間諸島にも行った。
ページをめくるたび、そのときのことが頭をよぎり、涙があふれてきた。
ガマと呼ばれる島民たちが避難していた洞窟。
真っ暗な洞窟の、その入口に、私は数秒も立っていられなかった。
10代の私が感じたもの、それは女学生たちの悲痛な思いだったに違いない…。
沖縄に起こった惨事に、目をそむけてはいけない。
そして、現在も基地のある沖縄にとって、戦争はまだ終わっていない。
改めてそう思った。
那覇空港に着くと、ムンとした空気と眩しい太陽が迎えてくれた。
明日、斎場御獄と久高島に向かう。
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